自律的な心
自律的な精神は、協力するための強制も、交換のための許可も、理性的に行動するための脅威も必要としない。この段階に至ると、ほとんどの法律は社会を保護するどころか妨げとなる。かつて行動を安定化させていたものは雑音と化し、判断力ではなく服従を訓練するものとなる。 自発的な文明が自らを破壊せずに許容できない行為はただ一つだけ残されている。それは他の人間に対する力の行使、あるいは力の脅威である。 この単一の違反が、合意の根源を腐敗させる。あらゆる支配、搾取、詐欺、専制は、その派生に過ぎない。 先制的な力が排除されれば、命令なしに秩序が生まれる。 それが容認される時、いかなる数の法律も文明を守り得ない。 かくして文明の弧は複雑さではなく単純さへ、より多くの規則ではなく一つの規則へと向かって曲がる。 最終的な法は人類に課された命令ではない。 それは、意識的な文明が決して開始してはならない唯一のものが力であるという認識である。 そして、自律的な精神はついに自らの偉大さを発見する自由を得る。

